思考法

過程と結果、大切なのはどちらなのかというと、どっちも大事。

過程と結果。

この二つはよく対比される言葉です。

「過程が大事なんだよ!」

と言う人もいれば

「いや、結果が全てだ。」

と言う人もいます。

皆さんはどうでしょう。

果たしてどちらのほうが大事なのでしょうか?

その昔から議論されてきたことで、その度に対立を生み出す、ちょっとセンシティブな題材だったりします。

結論:どっちも大事

どちらか一方だけが大事、ということはありません。

どちらか一方に偏るから、話が捻れて拗れていくのです。

どっちも大事です。

過程なくして結果はでません。

でたとしたら、ただのラッキー。

しかし結果なき過程を誇っても、それは強い言い方をすると自己満足です。

きのこの山とたけのこの里、どっちがおいしいか議論するのと同義。

身近な例を出してみます。

きのこの山とたけのこの里。

この二派は、長きにわたり血生臭く終わりなき争いを続けています。

その様はまるでガンダムSEEDにおけるナチュラルとコーディネイターの戦争のごとしです。

きのこの山とたけのこの里の争いは、ガンダムSEEDに似ている

「殺されたから殺して…殺したから殺されて…それで最後は本当に平和になるのかよ!」

 

作中では組織vs組織の中における個人対個人の人間ドラマや、戦争の悲しさが描かれています。

印象的なのは「やられたからやり返す、やり返されたから、もっとやる」が延々と続いていくことです。

 

方や、電子レンジの要領の高域破壊兵器で味方ごと殱滅しようとしたり

方や電子機器を破壊する兵器で相手を無力化させたのち、無抵抗の生身の人間を虐殺したり

核をぶっ放したり巨大なガンマ線レーザー砲で全てを焼き払ったりとええっと、なんの話でしたっけ?

インド料理屋は実はネパール人が経営していることも多い話しでしたっけ?

どちらか一方だけを選択しようとするからズレる

僕は思うのです。

きのこの山をたまに食べるから、やっぱり自分はたけのこの里派だなと認識できたり。

たけのこの里をたまに食べるから、きのこの山のおいしさに改めて気付けたりするのです。

 

要するに、お腹が空いていたら派閥がどうであろうとどっちも美味しい。

そう、どちらも美味しいのです。

どちらか一方を選択しなければならないと思っていることがそもそもの間違いだと僕は思うのです。

 

あえてどちらかを選択してくださいと言われても、世の中はどちらか一方だけでは決まらないことの方が多いはず。

褒めて伸ばすか叱って伸ばすかも同じで、状況に応じて褒めることも叱ることも必要なはずです。

 

どちらかだけに偏るから、思考や行動がおかしな方向に進んでいくのです。

過程と結果は、ワンセット

結果を出すにはどのような過程を経ていくか。

何が正しくて何が間違いだったのかを省みて行動を改善し実行し続ける。

必要なこと、無駄なことを洗い出し、やる事やらないことを決める。

無論、計画通りに物事など進むべくもないので、トラブルがあった時にはどのやうに対処していくか。

難題をどのような手法で解決するか。

それらを行った上でどのような結果が出たのかにも着目しなければ成長はありません。

過程無くして結果出ず。

スーパーファミコンの名作「クロノトリガー」内で、こんな名言が出てきます。

「ただし、うまくいくとはかぎらない。 だが結果のために 行動するわけじゃあるまい? 行動するから結果がついて来る……。 そのはずじゃ。 そいつを忘れん事じゃな」

一見すると過程が大事だよ、といっているように見えますが、僕には何回見ても過程の大切さを解いているようにしか見えません。僕の言いたいことと違った。

でも凄く大事なことなので載せたままにしておきます。

 

「過程や方法なぞどうでも良いのだ」と言っていた悪の帝王は、敗北という結果に辿り着きました。

結果を求めるのならば、その過程を大切にしましょう。

 

結果を求めないことは、自分の現在地を知らず、目的地もどこにあるかわからなくても良いような状態です。

誰も山頂を目指して登っていたけど、気がついたら遭難していたぜ!でもここまで来た俺って凄いぞイエエエェ!!とはならないはず。

過程を大切にするのならば、その先の結果にも目を向け受け入れましょう。

自分の出した結果・成果が次に繋がる

確かに結果のために行動することは、何かピントがズレているようにも思えます。

しかし、仕事においては結果で他人から評価されます。

その評価が次の仕事に繋がります。

俺は他人の評価は気にしないぜ!という人。

その意気や良しです。

他人からの評価を目当てに行動すると、それこそおかしな事になる可能性もあります。

 

しかし結果と評価は別物であることも覚えておきましょう。僕はそこが理解できず、悩みました。

結論

過程のないところに正しい結果は出ませんし、

いくら過程を大事にしても、自分が望む結果に至らなければ納得、満足はできないでしょう。

やはりどちらも大事なのです。

結果を出したいのなら過程を大切にする。

過程に満足しても結果が出なければそれは誤り。

どちらか一方に振れるのではなく、状況に応じて考えを分けましょう、という話です。

 

過程と結果、どちらが大事か?は、

二元論では片づけられないことであるため、そもそもこの質問自体が不毛であると思う次第です。

 

要するに、

僕はきのこの山派からたけのこの里派に寝返りました。

ABOUT ME
あぶない婿殿
1982年生まれ。16歳の時にドラムを始めて、今日に至る。長く続けられている理由は、ダラダラやってきたから。 ドラム教室もやってます。非同期のオンラインレッスンも受け付けていますので、お問い合わせは下記リンクやSNSのDMからどうぞお気軽に!